『志乃の歌』
作詞・台本:福田善之
作曲・指揮:林光
三浦哲郎「忍ぶ川」による
演出:観世栄夫
演奏:ABC交響楽団
共演:米倉斉加年
「はい」と「いいえ」の歌
はい
いいえ
いいえ
はい
いちんち なんべん
「はい」っていうかしら
いっしょう なんべん
「いいえ」をいうかしら
「はい」はたていと
「いいえ」はよこいと
私のいのちを織ってゆく
かなしい「はい」
むら気な「いいえ」
はすっぱな「はい」
きなくさい「いいえ」
あきらめた「はい」
せいいっぱいの「いいえ」
お日さまにむかって「はい」
あおい空に「はい」
こがらしに「いいえ」
空襲警報に「いいえ」
焼夷弾に「いいえ」
戦争に「いいえ」
お金と ウソと そら涙
世界にむかって
「いいえ」
あなたにむかって
「はい」
いっしょうにいちどの
「はい」
ちいさな ちいさな いのちの「はい」
雪の夜
たかさごや
この浦船に
帆をあげて
すえながく
むつみあえ
すえながく
惚れてあれ
惚れてふたりに
しあわせを
しあわせを
「父」の歌
父ちゃん
「いい男だ」っていってくれたね
あたしのひとを
やさしかった父ちゃん
ぐうたらで ぐれて
紺屋の長男
ぐうたらで ぐれて
勘当されて
お酒ばっかり飲んで
いつでもいってた
俺はだめだよう
なっちゃいないよ
それでも 弁天さまのお祭りの日には羽二重の羽織なんか着て、くるわのお女郎さんたちから「当り矢のせんせ」ってよばれたんです。「当り矢」って母の射的屋の屋号。することのない父は、落ちぶれたお女郎たちの面倒をみたり、相談相手になっていたりしていたの。
おもいだすわ 利根楼のお仲さん
胸の病気で お客がつかず
それでも年期がなかなか明けず
とうとう お仲さん
お不動さんの縁日に
ところてんに毒入れて
でも利根楼の人たちって、くるわ一の情けしらず。 気味わるがって死んだお仲さんの始末をだれもしたがらないの。 ですから、父が何から何までひきうけて
ある日の 夕方 当り矢のせんせ
お仲さんのお棺を車につんで
父ちゃんがひいて 私がおして
仲之町をごろごろ ごろごろ行くと
大きな天水桶から通りに水を
長柄杓で打ってた番頭さんたちが
ひとり ふたりと車について
ごろごろ ごろごろ
仲之町をごろごろ
やさしかった父ちゃん
浅草が好きで
私をつれて
六区で映画見て
花屋敷で木馬に乗って
神谷バーに寄って
あたしはブドー酒
父ちゃんは電気ブラン
ぽうっと顔をそめて
いつでもいってたね
志乃 大きくなって
嫁に行くときはな
死ぬほど惚れた相手が できたら嫁くんだ
惚れたらさっさと嫁くんだ
わかったな 志乃
父ちゃん 見たわね
あたしのひとを
これからはこのひとと
これからはこのひとと
いいのね 父ちゃん
しあわせになっていいのね
朝
あれが あたしの家
あたらしい あたしの
きのう生まれた
志乃の「うち」
お父さん
おかあさん
あさひのなかに
ゆきのなかに
あれが あたしの
志乃のうち
あたらしいあたしの
きのう生まれた
志乃のうち