少年ケニアと吉永小百合

ビクター出版から発売されたフォノシート[いつでも夢を 〜吉永小百合愛唱集]に、吉永小百合の紹介記事があるが、その内容が奇異である。その部分を引用すると…

小学校三年のとき、ラジオ・ドラマ『少年ケニア』の主役に選ばれ、芸能界入りのきっかけとなった。さらに三十二年には、テレビのヒット番組『赤胴鈴之助』で尾上保也の相手役をつとめ、これが目にとまり、その後テレビ映画などにたびたび出演した。 三十五年の春、日活へ入社。
『少年ケニア』は、1955(昭和30)年に確かに文化放送で放送されていた。しかし、出演者の記録に吉永小百合は無い。そもそもこの番組の主役はワタル少年であり、ケイト役は脇役である。どうも真相は、『少年ケニア』の出演者募集に応募し合格したのだが、出演者には選ばれなかったことを言おうとしているのであろう。因みに、出演が決まったのは、刈屋ヒデ子であった。
既に御存知の通り、吉永小百合の芸能界入りのきっかけは、ラジオ・ドラマ『赤胴鈴之助』のオーディションに合格し出演したことである。このラジオ・ドラマが好評で、テレビ・ドラマ『赤胴鈴之助』にも出演したのである。しかも、鈴之助役は尾上禄也であり、”保也”ではない。

同誌には、父親の吉永芳之氏の談話が掲載されており、はっきりと記されている。
小学校六年の十二月にラジオ・ドラマ『赤胴鈴之助』の主役に選ばれたのが芸能界入りのきっかけです。それから約三年、ラジオやテレビに出演していましたが、昭和三十五年四月に日活に入社して、映画俳優としての生活が始まりました。
ラジオ・ドラマ『赤胴鈴之助』での吉永小百合の役は、千葉さゆりであり、主役ではなく、脇役である。しかし、実質的には主役であった。当時の聴取者である少年たちは、鈴之助ではなく、”さゆり”の登場を心待ちにラジオに耳を傾けていたのである。


(c) J. Shinshi

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